エレクトーンとか


僕はニコマスが観たくてニコ動に定住し始めたんですけど、その後は移動を繰り返して、ボカロ→MMD→演奏してみた(←いまココ)みたいな感じです。実際はニコ動そのものから離れつつあって、ボヘミアーンな状態でありますけども。

 実は、ともったいぶる話でもないんですが、ピアノよりもエレクトーンを俺は習いたかったんだよね。でもなあ、エマーソン先生じゃあるまいし、足でベースラインを踏むなんて俺に出来るわけないし、ピアノにしておこうと中庸策を採用したわけです。近所の音楽教室にエレクトーンコースがなかったしね。

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 エレクトーンの演奏を見ると、足技にいつも圧倒されます。ただ、ピアノを曲りなりに1年続けてきてわかったんですが、演奏ってのは反射系とでも言えばいいのか、反復練習が自分を裏切らない世界なんで、やればある程度は僕にもできたのかもしれませんね。そんな体育会系っぽいことをいう自分に虫唾が走りますが、まあ、そう思うのも正直なところで。

 ところで、演奏してみたタグの動画を観てて思うんですが、再生数が多い動画って魅せるものがありますね。ただただ演奏が上手いとか音が綺麗というだけでは伸びない。小室先生がキースペだったかで音を映像化する方法について熱く語っていたのがありましたが、やっと少しはわかった気がします、先生! 「小室の技術なんてエマーソンのパクリじゃん」とか言わない、そこ。

 不惑を前に始めてみたことでも、始めれば色々と新しい発見だの理解があるもんですね。楽しい。

パフ


 ボカロの調声を1年くらいやっていて、俺は気づいた。調声上手のPは自分で歌っても上手い。そして、俺は音痴。

 有名Pがたまに歌ってみた動画を上げたりしますが、皆さん、上手ですよねえ。なのだけれど、ある晴れた青空の綺麗な日にふと気づいた。これ、逆だ。歌が上手いから、調声が上手なのだ。そんでもって、俺は音痴だ。糸色望じゃん。駄目じゃん。駄目駄目じゃん。ボカロの前に自分の特訓が必要じゃん。

 そんなこともピアノを習い始めた理由の一つだったり、しなかったりです。推測が正しいか確かめるために、まいぽんさんの中で一番繊細な調声をする綾野さんのとこのキリ番を踏んだことを奇貨として、ボカロカバー曲を歌ってみることお願いしたりもしましたねえ。これは未だ叶わずですが、綾野の歌声に興味があるわけでなし、比較版が欲しいだけと言うのも失礼かなと今は考えるので、キャンセルで良いと思います。

 とにかく僕は音痴であらせれるので、自分の歌い方をボカロに適用しようと考えることはないのですが、一つだけ例外があって、それがこれ。

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 ルカ様に我が家へご降嫁いただいて3ヶ月くらいだったかな、英語の歌を歌ってもらうのに限界を感じていたのは。だから、自分が歌詞を暗記してる曲を歌ってもらおうとしたのが、これでした。ルカ様は出だしを跳ねるように歌ってますが、これは僕の歌い方なんだよね。原曲はもっとレガートですよ。

 暗記といっても憶えたのが中坊の頃だから、カタカナの音で覚えてるんだけどね。その辺も音素をいじって、それなりに再現してます。love that rascal Puffをラザットラスカルパフとか。でも、ルカ様の方が僕よりも圧倒的に英語の発音が良いから、音素表を眺めながら「なるほどねー」と感心することしきりでしたがね。動画の主コメに「ミクさんに対するルカ様の英語教室みたいになった」と書いたような気がするけど、本当は生徒は僕(笑

 実際に僕が歌えば「パフ、ザマジクザ、ドラーゴン」てなもっとカタカナな出だしになるんですけど、ルカ様に歌ってもらうとイイネ!、萌えるね。しかも節回しは自分だから、自分には自然に聞こえる。ネイティブにはどうだか知らないけど、自分にとってのパフはこう。2番以降は暗記してないんで、ヘロヘロになってるのが聞き返すとご愛嬌ってところですがね。

 でも、この方向の調声って結局はぼかりすの開発を待てば良いじゃん、面倒なボカロエディターを使う必要ないじゃんってことに僕としてはなるので、多分、これで打ち切りです。やっぱりボカロはすっぴんの声が好きだし。

 そういや、ぼかりすもいつのまにか2に進化してますけど、何ていいますか、ゴーストダビングって言葉が思い浮かびますね。ぼかりす技術が完成しちゃえば、人間なんて素材ですよね。ある年齢からは劣化する一方ですし。有機体なんか要らない時代が本当に来ちゃうのかしら。

 そんな感じ。

イイネ!


 しばらく前にmixiへ復帰したら「イイネ!」ボタンというのがあって、これは如何に使うものなのであろうと考えていたんですが、そうこうするうちににゃっぽんにも出来てしまって。でも、やっぱりわかんないなあ。どういうときに使うのこれ? 教えて、エロい人!

 いやだってさあ、本当に良いなと思ったなら、何かコメントを書くでしょう。常識で考えて。そんなボタン一つで済ませるイイネ!って何なのさ。おっちゃんには全然わからんのですよ。どういう反応をしていいかわからない文章に出会ったときかなあとも思ったけど、そういう風に使われてるわけでもないみたいだし。わからんなあ。

 じゃ、使ってないのかと問われれば、使ってます>俺。使ってるって言うか、押してる。いや、押すでしょうJK。ボタンがあったら押すのが漢というものです。特にボタンに「自爆」って書いてあったりしたら、もはやこれまでと呟きながら押すのが日本の美しい作法ってもんでしょう。

 にゃっぽんは以前は携帯からですと、自分の文章にイイネ!を押すことができたんで自爆スイッチ代わりに押してたんですが、いつのまにやら出来なくなってしまいましたね。で、イイネ!ボタンって結局はあしあと強化版ってことなんですかね。読んだってのを相手にアピールするための装置ってことかな。

 一応はそういう結論に達したので、mixiでは文章を読むたびに押してます。ちっともイイネ!とか思ってないけど。マイミクに対する嫌がらせみたいなもんかなあ。相手の顔面に足跡をつけるような勢いで、ポチっと。にゃっぽんはイイネ!が押されたと通知してくれないみたいだし、使うのをやめました。

 いや、ほんと、どういう風に使うのが常識なんでしょうね>イイネ! 僕は少々世間とずれている人間なんで、コメントを書きたくないイイネ!ってのが存在するなら教えてください。現代人は忙しくて、イイネ!と思ってもコメントを書いてる時間がないとかかな。まあ、それなら他人の駄文なんか読んでないで仕事しろってところではあるけども。

ミクの日感謝祭

 今更ながらにニコ動で鑑賞しました。3月上旬じゃなかったら生放送で見てたかもしれないけど、SEGAによるボカロの造形があんまり好きじゃないこととあいまって、何となく時宜を失っちゃってましたね。

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 こんなに熱いライブだったんだ…。少し泣けてきた。つくば万博から四半世紀で、僕らはここまでたどり着いたのかあ。僕らが夢想した無機生命体の時代まであと少し。有機体のアイドルなんて前世紀の異物ですよ。しかし、何度も見ちゃうねえ。BDを買おうかしらん。

 寄ると平面だけど、ロングだと3Dに見えますね。会場で実際に見たら、どんな風だったのかな。技術的なことは全然わからないけど、これは透明なスクリーンに投影してるの? どんな感じに見えるのであれ、観客が完全に実在として反応してるのが興味深いよね。技術が進んでもっとハイレゾになって3D投影もできれば、もはやそれはSFだな。

 それにしてもルカ様の美しさには感服しました。SEGAの造形は気に入らないなんて言っててごめんなさい。PSPとゲームも買おうしらん。

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 それにしても、俺はボカロ曲を全然知らんのだなあ。リンの曲は一つも知りませんでしたよ。いや、どれも名前くらいは聞いたことあったけど、どういうのか知ってるのはなかった。ボカロオリジナル曲にとことん興味ないんだよね>俺。

Davadadavadada

 去年の今頃であれば日に一回は巡回していた「VOCALOIDカバー曲」タグとその周辺ですが、今はのぞく日の方が珍しくなってきてしまいました。多少は飽きたというのと、僕の好みの楽曲のアップが減ったというのが理由かな。

 でも、ニコレポでしろくまPが投稿してるのを知って、さっそく駆けつけてみた。

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 これはまた、日本で数人しか喜ばないようなボカロカバーを…。俺得動画ってタグをつけようかと思いましたが、それもどうかと思いとどまりました。ていうか、パーフリは完全に後追いで、そこまでの思い入れもないしね。CDは「カラー・ミー・ポップ」しか持ってない始末。

 せっかくだから、久々に「VOCALOIDカバー曲」タグを巡ってみましたが、なんか閑散としてますなあ…。いやまあ、一時がバブルだったんですけども、そうは思っても少しさびしいね。オーバープレイヤー状態なのかな。「演奏してみた」タグと雰囲気が似てるようにも思います。ま、これがニコ動の普通なんだと思うしかないよね。

 しかし、巡回してみれば拾い物はあるわけで、これを見つけたのは純粋に嬉しい。

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 パーフリタグがついてなかったので、今まで気づいておりませんでした。小山田の歌声を思うかべるとKAITOの歌声は元気すぎるようにも思いますけど、カバーなんだからこれでいいよね。楽しそうに歌わせてこそボカロ。しろくまPも原曲とのテンションの違いを気にしていたようですけど、僕はあれも良いと思うんですよ。リン廃だってのを割り引くとしても(笑

 ちょっと余談だけど、僕もボカロを使用してた人間だから少しはわかりますが、ボカロにテンション低く歌わせるって難しいんだよね。しかも、頑張って作ったテンションの低い声に魅力ないし。機械的であっても、まっすぐ伸びる声がボカロの声の魅力だよなと思いますです。

 そんな感じ。なんだかんだといっても、好きな曲をボカロが歌ってるだけで嬉しくなるのは、やはり僕はボカ廃ってことですかね。そんでもって嬉しくなると、原曲が聞きたくなる。CDはどこへしまったんだったかなあ。

希ガス


 街を歩いててシティバンクの店舗を見かけると、ちょっとモヤっとしますね。「シティバンク銀行」って看板はなんとならんかなあ。馬から落馬じゃあないか。まあ、銀行業法あたりで規定があって、銀行とつける決まりなのだろうけども。なんだかねえ。

 さて、「排気ガス」です。気は気体の意味で、ガスは…やっぱり気体であるのだから、これは重畳ですよね。排水リキッドと口に出したら、それはおかしいと感じるのだから。でもねえ、自動車の後ろからボーボーと出るやつは、排気ガスって気がする(←ここはギャグです)。

 Wikipediaを見ると、『排気ガスの「気」と「ガス」は同義語で重複するが、これはexhaustを「排気」と訳しているためである。』とありますね。なるほど、exhaust pipeは排気管だし、exhaust noteは排気音、exhaust manifoldは排気集合管ですな。排気管は排管でも良さそうだけど、配管や廃管と音がマギレちゃうから、排気と訳したのかなあ。

 僕は法律関係の末端で仕事をしてるのだけれど、判決文などでは排ガスになってますね。排ガスっていうと工場の煙突からモクモクとでてくるようなイメージが僕にはあるけど、自動車排ガスなんて表現されていますね。まあ、デイ−ゼル廃棄微粒子(っていうんですか? 良くは知りませんけども)も含んだものだからってのもあるのかなあ。排気ガスって言うと普通の自動車から出てくるガスの気がするですね。

 日本の首相が出かけていって出来もしない約束をしてくる世界環境会議なんて場の報道を見てると、排出ガスなんて書いてありますね。CO2排出量の削減とかなんとか。なんつーの?、ゼロ・エミッションって感じ? 僕は英語が苦手なんでexhaustとemissionの違いとか全然わかんないですけども、この排出ガスは排気ガスも含んでるんですよね。ていうか、排ガスって書くと工業関係のイメージが強すぎて、家庭からの排出が枠外に置かれてしまうと言うような懸念がこういう表現を役人にさせとるんでしょうが。

 同じようなものを言い表すのでも表現のヴァリエーションはたくさんあるのでして、言葉の取捨選択って難しいなと思うのでありました。何でもかんでも取替え可能ってわけじゃないしね。排気量と排出ガス量では意味が違うとかあるわけですし。正しい言葉遣いを心がけたいなあとは考えますが、言葉は慣用に従う部分も大きい。

 にんともかんとも。

専門家には口出すな


 表題は漢字の憶え方ね。○専門家 ×専問家って間違いやすいもんね。小学生のときに習って、学校の先生からだったのか親からだったのか忘れてしまったけど、これだけは何故か憶えています。語呂が良いからかな。

 さて、今は中年の俺なのですが、専門っていうと大げさだけど、それで飯を食っていると言う分野はあるのね。で、新聞などでその分野の記事を読んでると「うーん、これは違うんじゃないかなあ」と思うことがそれなりにあります。皆さんもあるんじゃないかな。マスゴミがどうのいう話ではなくて、報道と言うものは「そもそも」というところから出発して記事を作るわけじゃないから当然なんだけど、ちょっとモヤモヤするよね。

 なので、そのモヤモヤを解消するために、そういう記事についてコメントをつけるブログを始めたことがありました。…、3回くらいで放置になっちゃったけど。

 いやさあ、だって、ブログのエントリを書くのがすんごく大変なのよ。専門分野だから嘘を書けないじゃない。だから、資料を調べなきゃいけないんだけど、これがもう労力で労力で。エントリができても推敲を繰り返さないと、とでもじゃないけど発表できないし。毎夜の時間を使って、1〜2週間で一本を書ければいいとこだったかなあ。

 続ければ勉強にはなったんだろうけど、自分の自由時間に何をしてるんだろうって気分になっちゃってポイ。専門分野の文章だけに、残業してるのと気分的には変わんないんだよね。まあ、独立して自営業者として生きていく気持ちでもあれば違ったんだろうけどもね。組織にぶら下がって生きていくタイプの人間なんで>俺。

 あれが教訓になって、「専門家には口をだすな」ってよりも「専門家は口をださない」が正解なんだろうなって思うようになりました。少なくとも僕は、自由時間にものす文章においては、失言方言罵詈造言だらけにしたいもん。ぶっちゃけ、嘘を書きたいよね。ウソを。積極的に風説の流布をしてこそネットってもんです。

 そういう次第で、題材については、慎重に専門を外すように心がけています。ずっと僕のネットの文章を読んできた人がいたら、消去法で、何を飯の種にしてるか推測できるのかもしれないですね。素人だからこそ、いい加減で無責任な発言が出来るんだよね。

 政治の世界を見てると、そんなことを考えますね。法務大臣の発言への追求はちと可愛そうだよね。仲間内のオフレコ発言だから、放言だってしたくなるでしょうに。まあ、国会で発言すれば責任を問われないというのがあの職業の面白いところではあるけど。あと、仕分け会議の素人発言連発は飽きてきたよねえ。一回目は政治ショーとして面白かったけど、続けるもんじゃないね。

 そんな感じ。