ねえ君と歩いた坂道を 今日は独り歩く

あー、パブでエール飲みてえ。いや、こんなグダグダの文を書いてる暇があったら出かければいいのはわかってるんだけど。

◎オタクドロップアウト問題
http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20080204#p1

 僕のような古ヲタには非常によくわかる議論です。ここ5年くらいは「マンガも読まないアニメも観ない雑誌も買わないイベントにも出ないヲタのあり方」つまりは消費しないヲタを模索し続けてきた僕でありまして、自分では「成熟したヲタのあり方」って言ってたんですけど、要するに「最近の流行がよくわからないオタクであるおれ」って着地点でしかなかった感もあったりなかったりしますな。

 ともあれヲタ活動しなくてもヲタってあり方を悟りつつあるんで、最後に残ったヲタ趣味であるエロゲもせいぜいが1〜2年でやめちゃうんじゃないかなという予感が最近はあります。いや、初音ミクだってDTMと言いつつもヲタ色は非常に強いわけで、数年後もなんかしらはやってるだろうは思うんですけども。ただ、わかりやすい「おれ、きめえ」みたいな活動なしでもヲタでいられるところを示していられたらと思うんですよね。


◎幼馴染

 『ワンコとリリー』を再プレイして、トノイケの描く幼馴染は良いものだと再認識しました。「長い時間を共有したことによる依存と補完の二重構造の上の甘々」ってとこになりましょうか、はっきり言っちゃえば「駄目の人間関係」がエロゲにおける幼馴染の醍醐味だと僕は思うんですよ。子供の頃に一緒だったとかなんか約束したとかはどうでもいいことで。

 そうは言っても『水月』において花梨が依存心をむき出しにするシーンなんぞはあんまり評判が良くないようでございまして、多くのエロゲマーはただただ世話を焼いてくれるような幼馴染こそを欲してるのかもしれません。

 そして話は『Garden』になるのですが、主人公が幼馴染を失ったところから話が始まるのです。涼はどこかが欠けちゃった人間として描かれてるわけですね。で、欠けちゃった部分は最後までそのまま。トノイケの幼馴染に対する考え方を踏まえると、そういう風に設計されたゲームなんじゃないかと僕は思います。

 ネットの『Garden』の感想を見て回ってたら、絵里香ルートは「過去を振り切って陸上を再開するエンドにすべきだろう」って意見を散見したんですが、それじゃあ絵里香は千夏の代替ってことになっちゃうじゃないですか。そうじゃなくて、涼は心が欠けた存在のままヒロインとくっつくってのが『Garden』の構造だと思うんです。幼馴染は唯一無二で欠けちゃったものは絶対埋まらない。

 エロゲマーってビルドゥングスロマンみたいなのが好きな人が多いような印象ですが、何故なんでしょうね。あと、『Garden』については考えることが多くて総評をまとめることができないでいます。まあ、補完ルートができるまでゆっくりと考えることといたしましょう。