日本語の歌詞

文部省歌なんぞを聴いてると、歌詞が良くできてるなあと思いますね。
D

 音を聴いてるだけで何を歌ってるかわかるもんね。え? そんなのは当たり前だって? 本当? じゃあ、これが初聴きだったとしても、内容がわかります?

D

 「荒城の月」は題名からして「工場の月」と間違えて憶えている人も多いような曲ですね。それではさぞやお月さん煙むたかろサノヨイヨイ。で、問題は漢語なんだよね。ご存知のとおり漢語は音だけでは意味がわからない。で、同音の言葉も多い。”えん”と聴いても、円なのか縁なのか宴なのか。

 「春の小川」がわかりやすいのは、和語で歌詞を構成してるからですね。和語は日本古来の言葉だから、耳で聞いて意味が通らない言葉は無い。先生が「皆さん、お歌の練習をしましょう」なんつって、最初にお手本として「はあるのおがわわ〜」と歌えば、児童も「はあるのおがわわ〜」と歌えるように作ってあるんですね、これ。だから、よくできてるなあと思う。

 じゃ、「荒城の月」が駄目な歌詞なのかというと、そんなことはないわけで。僕らは同音異義語を会話などでちゃんと判断してるわけです。前後の脈絡から、ここで使われる語はこうであろうと推定できる能力を僕らは持っているわけね。春・花と来たら、これは宴であろうと考えるのが普通なわけ。ただ、子供にまでそういう能力を要求するのは難しいから、童謡の多くは和語で構成されるのですね。

 ただ、大衆音楽というものを考えたとき、やはり耳で聞いて意味不明というのは向かないので、作詞家はなるべく和語を使おうと努力してるようですね。色々と過去のヒットソングを眺めてると、僕はそう感じるんですが、みなさまはどうでしょう? 職業で作詞家をやるというのも大変そうでありますなあ。以前に、小室先生が「ヒット曲を作る秘訣は?」と質問されて、「親切が大事ですね」と答えていたけれど、少しだけわかってきたような気がします、先生!

 日本語は漢語・和語・外来語の順に単語が多いと聴きますので、漢語を抜きに文を作成するのは、右手を縛られてボクシングをしなきゃいけない状況というようなイメージで、どうにも攻撃力に欠けそうですな。結果、どうしても似たようなフレーズが増えるから、J-POPの歌詞によくある表現スレとか2chに立てられたりなんかして、揶揄されたりするわけで。作詞家ってのも気苦労が多そうですなあ。

 和語で歌詞を構成すると、音を多く取られてしまうのが作詞家の悩みなのかなあと思ったりします。日本語は全てが子音+母音で出来ていて、必ず一音で一音符が必要になっちゃうからねえ。「二人の縁」ってのを「僕らがめぐり合えた奇跡」としたならば、どれだけ余計に音符を食われるかと作詞家は頭を抱えることでしょう。和語で歌詞を構成すると、歌の情報量が減るんだよね。

 その情報量を増やそうと、作詞家は努力してきたわけです。同音異義語が少なくて、誤解を生じさせる可能性が少ない場合は漢語を用いるとか。「僕らがめぐり合えた奇跡」を「僕らがめぐり合えた鬼籍」や「僕らがめぐり合えた奇石」と勘違いする人は、義務教育終了の大人であればいないでしょう。多分。でも、漢語が歌詞に多くなると、リスナーに頭を使わせなくてはならなくなるので、多用はできぬのですね。

 歌詞に英語を使うのも、音符節約法の一つでしょうね。「あなたの涙」というのを「your tear」とすれば、おたまじゃくし7個分が2個分に圧縮なんですよ、あらビックリ。ただ、これは歌手が楽譜どおりに歌ってくれないという結果を生み出しますね。「your tear」を「ヤ・ティ」と発音する歌い手は少なくて、「ユアア・ティイ」という変な音符分割が起きるのが常です。録音を聴いて、作詞家も作曲家も頭を抱えるわけですな。

 この「歌手が楽譜どおりに歌ってくれない問題」ってのは根が深いようで、学者による研究書もたくさんでてるようですな。そのうちに読んでみようと考えております。ボカロ界隈でも、ボカロを使い始めた理由が「楽譜どおりに歌ってくれるから」というのをPさんへのインタビューで散見しますが、人間の歌い手ってそんなもんなんですねえ。

 ボカロのことが出てきたから、今日の駄文の結論にいってしまうんですけど、僕が日本語の歌詞についてちっとは考えるようになったのは、ボカロがきっかけだったりします。カバー曲の歌詞入力してる時に、そうなのかあと得心することがあったわけです。楽譜どおりに入力すると、日本語としては不自然になったりするんだよね。だから、歌手には歌手の言い分があるんだろうけど、音楽としては壊れていくのも確かであって。なかなかに面白い問題であります。

 こういう音楽小僧的なことって中学生くらいでみんなは通過してるんだろうけど、2週遅れで音楽をやってる僕はただ今がそんな地点であったりします。それがボカロが契機ってのも自分としては不思議っていうか興味深いというか。ピアノのきっかけもボカロだしねえ。人生にはどういう出会いがあって、どっちに自分が転ぶかなんてわからないものですな。